ミャンマーの小学校との関わり

12月にミャンマーに行った時に
ちょっとした出来事がありました。
忘れられない出来事です。

バガンという街に数日滞在しました。
そこでついてくれたガイドの女性が
ある田舎の小学校の援助をしていることを知りました。
それは生徒たちに年一度学校で着る服をプレゼントすることです。

「自分は良い夫と可愛い子供一人、そして仕事にも恵まれている。
どこかにそのお礼を返さなければならない。
自分にできることはそのぐらいだが、それは私をも幸せにしてくれる」


それが彼女のコメントでした。



たまたま、私たちが行く予定の観光地からその学校が近いので、
生徒たちに新しい制服を届けるために寄り道してもいいだろうか?と。

もちろん、時間はたっぷりあるし、
私たちもミャンマーの子供や学校に興味を持ちましたので、ぜひ~!と答えました。


人口3000人ぐらいの、農家の集落に一つだけある小学校です。
いるいる~子供たちが教室で勉強しています。

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「遠い外国からいらした方から受け取ると、生徒にとって思い出になるから
一人一人に制服を手渡してくれないだろうか?」とガイドさん。

ということで、
結局私が制服の入った紙袋を一人一人名前を読み上げて
全校生徒に渡すという
緊急設定のセレモニーが始まりました

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子供たちは恥ずかしそうに、でも嬉しそうに新しい制服を受け取り、
ミャンマー式にお礼のしぐさをしてくれました。


そしてすぐに着替えて現れました~。


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みんなにこにこして、
嬉しかったんですね。

私にとってもとても大きなミャンマーの思い出ができました。

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帰り際、主人は「何も準備していなかったから」と
持っていたドル札を数枚先生に差し上げて、
子供たちのために使ってほしい~と。


ガイドさんは長年、これを続けているようです。
一人の上下服が7ドルだそうです。

子供が農作業の重要な働き手の家庭もあり、
学校に行かせない親もあるそうです。

そういう親の一人が、その場を通りかかり、
子供たちが服を受け取っている様子を見て
「うちの子にも服をくれ」とガイドさんに聞いたけれど、
彼女は「学校に子供を送らない親には渡せない」と断った
と後ほど言っていました。

私たちも今後継続してこの学校の生徒のためにできることがあるならということになり、
これから年末に毎年寄付金を送ることを約束してきました。

予想もしなかった話に発展しましたが、
あの子供たちの嬉しそうな顔を思うと
相手の顔が見える援助というのは
私たちにとってもうれしいことです

年末になったら忘れないようにしないと。



と、かくのごとく、ミャンマーの人たちにとっては寄付行為がごく日常的で、
お寺への喜捨もそうですが、
他の人たちのために自分のお金を使うことが
むしろ自然なことのように見えました。

明らかに仏教の教えがしみこんでいるのでしょうね~。
あの貧しさの中でさえも、お坊さんが托鉢で回ってくると、
お米一カップでも、ニンジン一本でも、とにかく寄付をする
ミャンマーの人たち、凄いことですね。

ちなみに道路で土方仕事をしていた女性を見かけましたが、
ガイドさんが言うにはこういう仕事では一日の賃金が3ドル80なのだということでした。




この記事へのコメント

2015年01月18日 20:10
感動的な出会いでしたね。素晴らしい出来事だったと思います。贈る方と受け取る方、お互いに顔が分るということは贈る側にとって、強いインセンティヴになりますよね。
国境を越えた美談・・・スイスの新聞に載せられないかなあ(微笑)。
路肩で土木作業をしていた女性の収入が1日3.8ドル・・・・ざっと380円ほどですね。
戦後の昭和20年代から30年頃にかけて、日本が失業対策として実施していた土木作業員の日当は1日240円でした。
当時はその金額をもじって「ニコヨン」と呼んだものです。
ミヤンマーの現在は、60年ほど前の日本とほぼ同じということにありますね。
これから民主化が進めば、急速に改善されると思いますけどね。
2015年01月19日 11:27
学校に制服を贈る。そんな場面を体験できて、いい思い出が出来ましたね。 子供の頃、親がホームレスの人やお寺の行事にお米を出したりして、村全体で支えあっていたのを思い出しました。今核家族化して、お互いが少しずつ出し合うような精神が失われてしまっている日本ですが、先の震災のような災害には助け合いの精神が復活しました。この精神大切にしたいですね。
あきさんへ
2015年01月19日 16:49
忘れることの無い強い記憶に残る出来事でした。ガイドさんとはその後コンタクトを続けていて、もしかしたら次回行く時には私たちも現物を持参できるかもしれませんね。
「ニコヨン」という言葉は聞いたことがありますが、そういう意味は知りませんでした。戦後すぐの日本は悲惨なほどに何もない時代、賃金も信じられないぐらい安かったのですね。物質的な豊かさはある程度必要ですが、このミャンマーのような「それでも相互に助け合う社会」があることに感動です~。
what's up?さんへ
2015年01月19日 16:53
本当に良い思い出です。戦後アメリカ文化が雪崩のように入ってきましたが、そこで恩恵もあったけれど、文化の破壊もあったということですね。日本が代々培ってきたミャンマーと似たような相互援助も今はだいぶ薄れてきてしまい、残念に感じますが、同時に震災時のように思いもかけない出来事で、もともとあった日本人魂が明らかになったというのか。
道草
2015年01月20日 01:36
大寒の今日、外の凍える寒さの中、ほんのりと心温まる記事です。

一方で今回のスイスフランの暴騰で、桁の幾つも・幾つも違う金額が吹き飛び瀕死の重傷を負った企業・個人がおられますが、それらの桁数からみればささやかのプレゼントでしょうが、皆さん悦んだでしょうね。情景が目にうかびます。生きたお金の使い方と思います。

私もささやか金額ながら、同じような場面で、出そうとして、厳しく止められたことが幾度かありました。私たちとってささやかな金額でも、彼らの人生を狂わしてしまうほどの金額だったようです。どうか上手な・生きたお手伝いを、続けてみてください。
2015年01月20日 11:24
こんにちは。

ミャンマーのご旅行で感動的な体験をされ良かったですね。おっしゃる様に仏教の教えで、お布施の心は他者への思いやりの象徴だと思います。与える喜び、受け取る喜び、両者が幸せに成れる。
道草さんへ
2015年01月20日 18:53
スイスフランの暴騰はちょっとした金融危機ですね。マーケットが激しく変化していますが、考えてみるともともとユーロを支えるための手段だったので、不自然ではあったわけです。

寄付を止められるほどの金額でしたか?子供たちの学校服を寄付するというのは本当に良い寄付だと思います。必要なものですし、各家庭にとって助かることだと思いますね。
華の熟年さんへ
2015年01月20日 18:55
私にとってもとても良い体験でした。その後ガイドさんとは連絡を保ちながら今後のことを相談しています。こういう寄付のため、基金のような口座をミャンマーに準備してくれそうです。
さとし君
2015年01月22日 05:00
仏さまが推奨する布施の行いそのものですねー。ナイスです。
さとし君へ
2015年01月22日 19:19
本当に素敵な国民性でした!

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