映画

映画へのお誘いが。

「ドクター・マルセル・ジュノー」という日本映画です。

http://www.junod.jp/



普通の劇場用映画ではなく、
ドクタージュノーが広島の人々のためにしてくれたことに感動した
広島のNPOグループが作成したアニメーション映画でした。

この写真の左手の人がその代表者です。
この映画をスイスで放映することが出来たことに
感謝と歓びを伝えていました。

画像





奇しくも長崎に原爆が落とされたその日に
この医師はスイスからシベリア鉄道経由で日本に到着します。
赤十字職員として、日本に捕虜となった人々と面談をするために
はるばるやってきました。

広島の惨状を知り、何とかしなければならないと動き始めます。

しかし、これは簡単なことではなかったことでしょう。

ましてジュネーブ協定に加わっていなかった当時の日本、
終戦直前に到着した彼を待っていたのは
大きな壁だけだったのではないでしょうか?

そしてアメリカ軍が日本を統治するためにやってきます。

交渉相手はアメリカ軍になります。
アメリカ軍に人々の救助を願い出ますがその願いは届かず、
その代わりに医薬品は提供するとマッカーサーに言われます。

その交渉さえも何日もかかったそうです。
彼の真摯な願いがなければ広島は打ち捨てられていたでしょう。

詳細は下をご覧ください。


http://www.swissinfo.ch/jpn/%E3%83%92%E3%83%AD%E3%82%B7%E3%83%9E%E3%81%AE%E6%81%A9%E4%BA%BA-%E3%82%B8%E3%83%A5%E3%83%8E%E3%83%BC%E5%8D%9A%E5%A3%AB%E3%81%AE%E5%8A%9F%E7%B8%BE/1256954

彼の記念碑が広島平和公園の片隅にあります。
今年5月に広島を訪れた時に
スイス人の親族と共にそこを訪れました。
「広島の恩人、ドクタージュノー」と書かれていますが、
実際に何をした人だったのか、よくわかっていませんでした。

でも、今回のこのアニメで彼のしてくれたことがよくわかりました。

広島だけでなく、
エチオピア、スペイン市民戦争、
そして第二次世界大戦中のヨーロッパ各国へ、
赤十字職員として戦争中の場所へばかり出かけています。

特記すべきなのはヨーロッパで
捕虜となった人々と国の家族が手紙の交換をすることができるように
運動し、スタートしたことです。

誰もそんなことは思いつかなかったでしょう。
敵国の捕虜もまた人間である、という
彼の人間観がなければこの事実はこの世に生まれ出なかったことでしょう。

本当の愛と勇気を持った人だったのだと思いました。


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この記事へのコメント

2015年09月07日 09:18
>今年5月に広島を訪れた時に
>スイス人の親族と共にそこを訪れました。
スイス人医師の話、知りませんでした。2.3万の人がその人のおかげで命が救われたのですね。
araraさんご家族はご存知だったのですね。スイス人医者に感謝です。
2015年09月07日 10:14
ジュノー博士・・・・これまで全く知りませんでした。
人類愛に満ち溢れた偉人ですね。まさに「信念の人」だと思います。
それまでは縁もゆかりもなかった地の果て、極東の島国、戦争終末期の日本へ・・・・無事に入国できたことだけでも奇跡だったと思います。
当時の日本は、欧米人をすべて「鬼畜」として扱っていましたからね。
おそらく、日本に来たのが原爆投下の1年前だったら、入国と同時に投獄され、拷問にかけられて命を落としていたと思います。
永世中立国・スイス・・・・スイスに国際赤十字の本部が置かれている意味の大きさを、この物語を通して一層深く理解しました。
リトアニアで最後まで頑張った故・杉原乳畝代理大使の物語と重なるような気がしましたね・・・・。
araraさん、この年で、また新しい知識が増えました。どうもありがとう!!
what's up?さんへ
2015年09月07日 16:51
赤十字職員として働いた医師ということしか知りませんでしたが、今回のアニメで詳しく知りました。彼の人生を貫く人間愛に大変感動しました。できたら日本の多くの人にもこの映画を見てほしいと思います。アニメだから、という先入観は捨てて一人の生きざまとして。
あきさんへ
2015年09月07日 17:02
長崎に原爆が落とされたその日に日本に到着した、ということは本当に不思議な気持ちが湧きます。おそらく終戦のその日までは厳しい監視付きでの入国だったのでしょう。まるで「原爆が落とされた後にあなたはしなければならないことがあります」と神様が誘導してくれたような、そんなタイミングの入国ですね。
スイスは第二次世界大戦では中立を守りましたから、日本政府の「この戦争をやめます、ポツダム宣言を受諾します」という通達もスイス政府にまず連絡し、そこから連合軍に伝わっているそうですね。
リトアニアの杉原千畝氏の映画を見た時にも大きな感動を抱きましたが、今回また、「一人の人間ができることは小さくはない」と感じて胸が震えるようでした。
2015年09月08日 15:55
人間愛にに溢れた偉大な方ですね、、、こんな方がいらしたとは全く知りませんでした。。 当時の状況では想像を絶するほどのご苦労があったでしょう・・・タイミングも不思議・・・長崎に原爆が落とされた日に到着とは、、、 心から博士に敬意を払います。  知らないことが多い、もっと知識を広めなくては。。
マックママさんへ
2015年09月08日 23:43
私もこの方、凄い方だと思います。赤十字精神を体現した生き方を貫いたのですね。お顔は目立たない地味なお方ですが、その心のうちにはしっかりとした理念があったのでしょう。
2015年09月09日 09:07
中立を守るという事が如何に素晴らしいことか!
そして【 赤十字精神を貫く 】 と言う事が如何に素晴らしいことか!
戦後70年が経ち 人々が今になって ようやく語り始めた事も沢山有ります。
戦争は ぜったいに避けるべき! 人間の知恵を総動員して 貫く信念だと思います。
ハイジママさんへ
2015年09月09日 15:27
本当ですね。戦争ほど悲惨な現実はありません。二度と繰り返してはいけないと思います。
ドクタージュノーはそんな中で、ろうそくの火のようにほのかにともされた人間の希望を体現した方だと思いました。尊敬に値する人だと感じています。
2015年09月10日 13:30
残念ながら…知りませんでした。まだまだ「勉強が足りない」と実感しました。
まだこもよさんへ
2015年09月10日 22:00
見えないところにこうした偉人ともいえる人が居るんですね~。

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